監査法人に少しでも興味を持ったことがある人なら、監査法人に「繁忙期」なるものが存在することをご存じかもしれない。
そして、繁忙期について次のようなイメージを持っている人も多いだろう。
「毎日深夜まで働くらしい」
「土日も休めないらしい」
「若手が次々と疲弊していくらしい」
たしかに、監査法人の繁忙期が大変なのは事実である。
一方で、実際に何をしているのか、なぜそれほど忙しくなるのかについては、外部から見ると分かりにくい。繁忙期という言葉だけが独り歩きし、必要以上に恐れられているようにも感じる。
本記事では、大手監査法人で約3年半勤務し、複数回の繁忙期を経験した筆者が、監査法人の繁忙期の実態をできる限り率直に紹介する。
なお、監査法人の忙しさは、所属する法人や部署、担当するクライアント、チームの人員構成、その年に発生した会計論点などによって大きく異なる。本記事は、あくまで筆者自身の経験をベースにした一例として読んでほしい。
監査法人の繁忙期はいつからいつまで?
国内企業では、3月を決算期としている会社が多い。
そのため、3月決算の会社を担当する監査チームでは、2月から3月にかけて繁忙期に向けた準備を進め、クライアントから資料が提出され始める4月の第2週頃から本格的な繁忙期に突入することが多い。
繁忙期が終わるのは、監査法人が監査意見を表明する日、つまり監査報告書日である。
おおまかな目安は、次のとおりだ。
- 会社法監査:5月中旬から下旬頃
- 金融商品取引法監査:6月中旬から下旬頃
もっとも、実際のスケジュールはクライアントによって異なる。
監査報告書日が早い会社もあれば、比較的遅い会社もある。また、12月決算や2月決算など、3月以外を決算期とする会社を担当している場合、一般的な監査法人の繁忙期とは異なる時期に忙しくなる。
複数の決算期の会社を兼務すると、繁忙期が数か月にわたって連続することもある。
繁忙期には何をしているのか
とにかく実証手続
繁忙期の監査チームは、とにかく大量の実証手続を実施し、監査調書を作成していく。
実証手続とは、財務諸表に記載された数値が適正かどうかについて心証を得るために、取引や残高などを直接検証する監査手続である。
たとえば、売上高や売掛金、預金、棚卸資産、固定資産、借入金といった重要な財務諸表科目について、証憑との照合、残高確認、計算の再実施、取引内容の検討などを行う。
監査チームでは、重要性のある科目をメンバーごとに割り当てる。各担当者は、自分に割り当てられた科目について、必要な監査手続を一気に進めていく。
一部の手続は繁忙期前にも準備できるが、会社の決算数値が確定しなければ実施できない手続も多い。
そのため、会社から決算資料が提出される4月以降に、どうしても業務が集中する。
資料が届けば終わり、ではない
「担当科目について決められた実証手続をするだけなら、それほど大変ではないのではないか」
そう思う人もいるかもしれない。
しかし、実際の監査はそれほど単純ではない。
まず、クライアントから必要な資料が期限どおりに提出されるとは限らない。
提出されたとしても、次のような問題が起きることがある。
- 前期とは異なる形式で作成されている
- 必要な情報が不足している
- 会計帳簿の数値と一致していない
- 依頼した対象期間や取引範囲が違っている
- 資料だけでは取引の実態が分からない
このような場合、クライアントに資料を再度依頼したり、内容を確認したりしなければならない。
資料の提出が遅れれば、その分だけ監査手続の開始も遅れる。しかし、監査報告書日は基本的に動かない。
つまり、資料が遅れても締め切りが後ろ倒しになるわけではなく、監査チームが作業できる時間だけが短くなっていく。
これが、繁忙期の残業が増える大きな原因の一つである。
会計上の誤りが見つかると一気に忙しくなる
監査手続を進めていくと、会社の財務数値に誤りが見つかることもある。
筆者が関与した案件では、不正による虚偽表示が検出されたことはなかった。一方、意図的ではない誤謬については、大小を問わず毎年のように発生していた。
単純な数値の転記ミスであれば、クライアントに指摘し、修正してもらうことで解決できる場合が多い。
しかし、会計基準の適用方法そのものが誤っている場合、話は一気に難しくなる。
たとえば、収益認識に関する会計基準に照らして、売上を計上する時点が誤っていたとする。
この場合、単に「売上の計上時期が違います」と指摘するだけでは足りない。
会社がどのような取引を行っているのか、契約上の権利義務はどうなっているのか、商品やサービスに対する支配がいつ顧客へ移転するのかなど、会計事象の実態と前提条件を整理する必要がある。
そのうえで、適用すべき会計処理を検討し、主査やマネージャーへ相談する。
重要な論点であれば、さらにパートナーや法人内の専門部署へエスカレーションすることもある。
当然ながら、監査法人の見解をクライアントがそのまま受け入れるとは限らない。会社側に異論があれば、双方の見解と根拠を整理し、修正の要否について丁寧に議論しなければならない。
こうした論点が繁忙期の最中に発生すると、当初のスケジュールは簡単に崩れる。
通常の監査手続を進めながら、論点の検討、法人内での相談、クライアントとの協議、監査調書の作成を並行して行うことになるからだ。
繁忙期をさらに加速させる「開示チェック」
期末監査における最重要業務の一つが、財務諸表の開示チェックである。
開示チェックとは、クライアントが作成した財務諸表が、会計基準や法令などに照らして適切に表示されているかを確認する作業だ。
単に文言の誤りや数値の不一致を探すだけではない。たとえば、次のような点を網羅的に確認していく。
- 貸借対照表や損益計算書などの表示科目は適切か
- 財務諸表の数値と各注記の数値は整合しているか
- 会計基準や財務諸表等規則などで求められる注記が漏れていないか
- 会計方針や重要な会計上の見積りに関する記載は適切か
- 注記すべき後発事象が漏れなく反映されているか
- 前期からの変更点が適切に説明されているか
財務諸表は、最終的に投資家をはじめとする多くの利害関係者へ公表される。
そのため、一つの見落としが財務諸表全体の適正性や、監査意見の形成に影響する可能性もある。会計基準だけでなく、会社法、金融商品取引法、財務諸表等規則なども踏まえて確認する必要があり、担当者には幅広い知識と高い集中力が求められる。
そして厄介なのが、財務諸表のドラフトが提出される時期である。
クライアント側も決算数値の確定や社内確認を進めながら財務諸表を作成するため、最初のドラフトが監査チームへ提出されるのは、繁忙期の中盤から終盤になることが多い。
監査報告書日が迫るなか、膨大な財務諸表を短期間で確認し、発見事項をクライアントへ伝え、修正版を再度チェックする。
一度の確認で終わるとは限らない。修正によって別の数値や注記との不整合が生じれば、さらに確認が必要になる。後発事象など、監査報告書日の直前まで状況を確認し続けなければならない項目もある。
しかも、この時期には通常の実証手続や監査調書の作成、レビュー指摘への対応も終わっていないことが多い。
そこへ高度かつ大量の開示チェックが加わることで、繁忙期はさらに加速する。
開示チェックは、単なる誤字脱字の確認ではなく、会計士としての総合力が問われる奥深い業務である。この仕事の具体的な進め方や難しさについては、別の記事で詳しく解説したい。
繁忙期に終わらせるのは実証手続だけではない
実証手続や開示チェックだけでも十分に忙しいが、繁忙期に行う業務はそれだけではない。
監査意見を表明するということは、原則として、監査報告書日までに必要な監査手続を実施し、その結果を監査調書として文書化したうえで、必要なレビューや審査を完了させるということである。
そのため、繁忙期には次のような業務も同時に進める必要がある。
- 繁忙期前から積み残していた監査手続
- 発見された会計論点や監査上の検討事項の整理
- 主査、マネージャー、パートナーによる監査調書のレビュー
- レビューで付された指摘事項への対応
- 法人内で必要となる審査手続
- 監査意見を形成するための最終的な文書化
どの監査チームも、できる限り繁忙期前に終わらせられる業務を片づけようとする。
しかし、すべてを完璧に終わらせた状態で繁忙期へ入れるチームやメンバーは、それほど多くない。
実際には、何らかの積み残しを抱えたまま4月を迎え、期末監査の実証手続と並行して処理することになる。
そして、その状態で新たな会計論点や資料の遅延が発生すると、監査チームは無事に死亡する。
実際、繁忙期にはどれくらい働くのか
繁忙期の労働時間について聞かれた場合、最も正確な答えは「監査チームによる」である。
会計上の論点が比較的少なく、定型的な業務が多いクライアントであれば、監査手続も計画どおりに進みやすい。
また、業務量に対して十分な人員が配置され、経験豊富なメンバーがそろっているチームであれば、繁忙期であっても夕食の時間帯には退勤できることがある。
一方、次のようなチームは忙しくなりやすい。
- クライアントの規模が大きい
- 複雑な取引や会計論点が多い
- 監査報告書日までのスケジュールが短い
- クライアントからの資料提出が遅い
- 監査チームの人数が不足している
- 経験の浅いメンバーが多い
- 決算期の異なる複数社を兼務している
では、筆者の場合はどうだったか。
最も忙しかった時期には、平日は深夜3時頃まで働き、翌朝9時から再び業務を開始していた。土日祝日にも稼働し、クライアントへの往査日を除けば、ほとんど家から出なかった。
食事、風呂、トイレ、最低限の睡眠以外は、ほぼ仕事をしていたように記憶している。
ただし、これは監査法人の繁忙期における一般的な働き方として紹介しているわけではない。
当時の筆者は、部署内でも特に忙しいとされる監査チームに所属し、さらに決算期の異なる会社を兼務していた。自分で言うのもなんだが、繁忙期の働き方としては、かなり上限に近い事例だったと思う。
これから監査法人へ入る人が、全員同じ働き方になるわけではない。その点は安心してほしい。
一方で、配属先や担当クライアントによっては、このような働き方が発生し得ることも、監査法人の一つの現実ではある。
コラム:6か月弱の繁忙期
筆者の場合、12月決算の会社と3月決算の会社を兼務していた。
12月決算会社の繁忙期は、年明けの1月第2週頃から始まる。その仕事が一段落した頃には、今度は3月決算会社の繁忙期が始まる。
結果として、1月第2週頃から6月中旬または下旬まで、約6か月にわたって繁忙期が続いた。
「それはもはや繁忙期ではなく、通常運転なのではないか」
自分でもそう思う。
実際、とてもしんどかった。
ただし、若手としての成長という観点では、非常に恵まれた環境だったとも思っている。
12月決算会社の監査で学んだことを、数か月後の3月決算会社ですぐに実践できたからだ。
前の繁忙期でうまくできなかった手続について、次の繁忙期では事前準備を改善する。クライアントへの資料依頼の出し方を変える。監査調書の構成を工夫する。上司へ相談するタイミングを早める。
短い期間でこのサイクルを繰り返せたため、監査人としての成長スピードは非常に速かった。
若手のうちは、どれだけ多くの経験を積み、どれだけ早く改善のサイクルを回せるかが成長に直結する。
その意味では、モチベーションが高く、早く一人前になりたい人にとって、異なる決算期の会社を兼務することには大きなメリットがある。
ただし、体力面と精神面の負担が重いことは間違いないため、誰にでも勧められる働き方ではない。
繁忙期を抜けた後の夏休みは格別
3月決算会社を担当している場合、6月中旬から下旬頃に監査報告書が発行されると、長かった繁忙期がようやく終わる。
そこから先は、驚くほど穏やかな日常が訪れる。
一般的な3月決算会社の監査チームでは、6月下旬以降になると休暇を取りやすくなる。
監査報告書が発行された直後から、海外や沖縄などへ長期旅行に出かける同期や先輩を、筆者も数多く見てきた。
さらに、8月から9月は本格的な閑散期となる。
お盆休みが法人休日として確保されていることに加え、この時期は監査業務そのものが比較的少ない。お盆休みと有給休暇をつなげ、2週間から3週間ほど休む人も珍しくなかった。
繁忙期は徹底的に働き、閑散期は長期間休む。
このメリハリのはっきりした働き方は、監査法人の数ある魅力の一つだと思う。
一般的な事業会社へ転職すると、業務量は年間を通じて平準化されることが多い。そのため、監査法人時代のように、まとまった長期休暇を取るのが難しくなる場合もある。
一度この働き方に慣れると、繁忙期のつらさを忘れ、夏の長期休暇が待ち遠しくなってくる。
そして、この魅力に取りつかれてしまうと、良くも悪くも監査法人から抜け出せなくなる。
まとめ:繁忙期の厳しさと、閑散期の自由
監査法人の繁忙期が忙しいのは事実である。
決算数値が確定してから監査報告書日までの短い期間に、大量の実証手続を実施し、発見された会計上の論点を解決し、財務諸表の開示を確認し、監査調書を完成させ、法人内のレビューや審査まで終わらせなければならない。
資料提出の遅延や突発的な会計論点が発生しても、監査報告書日は簡単には動かない。
この締め切りの厳しさが、監査法人の繁忙期を生み出している。
一方、繁忙期には多くの監査手続や会計論点を短期間で経験できるため、若手にとっては成長の機会でもある。そして、繁忙期を乗り越えた後には、監査法人ならではの長い夏休みが待っている。
繁忙期の厳しさと、閑散期の自由。
この極端なメリハリをどう評価するかによって、監査法人という職場との相性は大きく変わるのだと思う。


