監査法人を目指す受験生や、すでに監査法人で働いている若手の中には、将来的にグローバルな環境で働きたいと考えている人もいるだろう。
監査法人におけるグローバルなキャリアには、海外企業の監査、外資系企業への対応、海外駐在など、さまざまな形がある。その中でも代表的な選択肢が、海外のネットワークファームへの出向である。
海外出向では、現地のメンバーと監査業務を行いながら、実務で通用する英語力や異文化の中で働く力を身につけられる。若手会計士にとって、非常に魅力的なキャリアの一つだ。
ただし、海外出向は希望すれば誰でも行けるわけではない。法人内で公募や選考が行われる一方、実際には所属する監査チームやパートナーとの関係によって、出向候補に選ばれる可能性が大きく変わることもある。
本記事では、監査法人における海外出向の仕事内容や期間を解説したうえで、若手が海外出向のポジションを獲得するために、どのようなキャリアを歩むべきかを紹介する。
なお、海外出向制度の名称や具体的な選考方法、待遇は法人や年度によって異なる。本記事は、私が大手監査法人で勤務した経験や、実際に海外出向した同僚から見聞きした内容をもとに、一般的な傾向を整理したものである。
監査法人における海外出向とは
監査法人における海外出向とは、日本の監査法人に所属する職員が、同じグローバルネットワークに属する海外のメンバーファームで一定期間勤務する制度である。
大手監査法人は世界各国にネットワークファームを有しているため、出向先はアメリカやヨーロッパだけでなく、シンガポール、香港、中国などのアジア圏に及ぶこともある。
出向期間は制度や案件によって異なるが、おおむね1年から3年程度となることが多い。
若手の場合、入社直後に出向するケースは多くない。まずは日本で監査実務を経験し、一人前の監査人として働けるようになってから派遣されるのが一般的である。そのため、シニアスタッフ昇格後が海外出向を狙う一つのタイミングとなる。
もっとも、必要な経験年数や職階は法人、出向先、ポジションによって異なる。マネージャー以上を対象としたポジションもあれば、若手のシニアスタッフが派遣されるケースもある。
海外出向先ではどのような仕事をするのか
現地での仕事内容は、出向先や職階、担当するクライアントによって異なる。
若手会計士の海外出向では、主に次のような役割が考えられる。
現地の監査チームに入って監査業務を行う
一つ目は、日本企業の海外子会社などを担当する現地監査チームに入り、現地職員と一緒に監査業務を行うケースである。
基本的な仕事内容は、日本における監査と大きく変わらない。担当科目の監査手続、内部統制の評価、クライアントへの質問、監査調書の作成などを、現地のルールやチーム体制に従って進めていく。
一方、使用する言語や職場の文化は日本と異なる。英語による会議やメール、クライアントとの調整が日常的に発生するため、単に英語が話せるだけでなく、異なる前提を持つ相手と仕事を進める力が求められる。
日本と海外の監査チームをつなぐ
二つ目は、日本の監査チームと海外の監査チームの橋渡しを担うケースである。
例えば、日本の親会社を監査するチームが、海外子会社の監査を現地ファームに依頼する場合、日本側の監査方針や要求事項を現地チームに伝える必要がある。反対に、現地で発見された問題や監査結果を、日本側へ正確に報告することも必要になる。
このような場面では、日本の会計・監査実務に対する理解と、現地メンバーとのコミュニケーション力の両方が求められる。
海外出向を通じて得られるのは、英語力だけではない。異なる文化や価値観を持つメンバーと協力する力や、海外企業の意思決定・仕事の進め方に対する理解も身につく。将来的にグローバル企業を担当したい人や、海外案件に関与したい人にとっては、大きな経験になるだろう。
海外出向ポジションを獲得するには
海外出向は人気が高い一方、受け入れ可能な人数には限りがある。
私の周囲でも、シニアスタッフ昇格後すぐに海外出向した人がいる一方、何年も希望を出しているもののポジションを獲得できず、最終的に転職を選んだ人もいた。
では、海外出向のチャンスをつかむためには、何をすればよいのだろうか。
一般的な選考フローだけでは競争が激しい
法人の社内掲示板や人事制度を確認すると、海外出向を希望する職員向けの応募・選考フローが用意されていることがある。
例えば、次のような流れである。
- 上司へ海外出向の希望を伝える
- 所属チームや部門のパートナーへ相談・上申する
- 志望動機書や経歴書を提出する
- 人事担当者や関係パートナーとの面談を受ける
- 海外の受け入れ先と面談する
もちろん、この正規ルートから海外出向が決まることもある。
ただし、希望者が多いポジションでは、正規の選考に応募するだけでは競争率が高くなりやすい。応募の時点で、候補者の実務経験、英語力、社内評価などに差がついていることも珍しくない。
海外出向を本気で目指すのであれば、公募が出てから準備を始めるのでは遅い。入社時や配属時から、海外出向につながりやすい経験と信頼を積み上げておく必要がある。
狙うべきは「海外出向枠を持つ監査チーム」
海外出向の選考を有利に進めるうえで重要なのが、海外出向の機会を持つ監査チームに所属することである。
監査法人も組織である以上、海外とのつながりや出向者の選定において、チームやパートナーごとに影響力の違いがある。
例えば、次のようなパートナーが監督するチームは、海外出向の機会を有している可能性が高い。
- 多数の海外子会社を持つ日本企業に係る監査の業務執行社員を務めている
- 海外のネットワークファームと強い関係を持っている
- 特定の国や地域への出向者の選定に関与している
このようなチームでは、海外出向者の候補がチーム内から選ばれることがある。
法人全体の公募に応募する場合と比べると候補者が限定されやすく、日頃の仕事ぶりや英語力、海外メンバーとの相性を直接評価してもらえる。結果として、一般公募よりも海外出向へつながりやすくなる場合がある。
海外出向を目指す人にとって、英語を勉強することはもちろん重要である。しかし、それと同じくらい「どのチームに所属し、どのような案件を経験するか」が重要になる。
ここからは、そのための具体的な立ち振る舞いを紹介する。
①就職活動の段階から海外出向を希望する
まだ監査法人に入社していない人は、就職活動の段階から海外出向への関心を明確に伝えておこう。
リクルーターや監査法人職員との懇談で「将来的に海外出向を経験したい」と伝えれば、海外案件を多く担当するチームや、実際に海外出向を経験した職員と話す機会を設けてもらえる可能性がある。
ただし、単に「海外で働いてみたいです」と伝えるだけでは、説得力に欠ける。
すでに英語を勉強している場合は、TOEICなどのスコア、留学経験、大学や前職で英語を使った経験を具体的に伝えよう。
現時点で英語が得意でない場合も、次のような内容を説明できればよい。
- どのような学習をしているか
- どの程度の頻度で継続しているか
- いつまでにどの水準を目指しているか
- 海外出向後にどのような仕事をしたいか
大切なのは、海外出向を単なる憧れではなく、具体的なキャリア目標として考えていることを示すことである。
すでに監査法人へ入社している場合は、海外案件を多く持つチームへの異動を希望するのも一案だ。
異動の理由として「海外出向を目指しており、そのためにグローバル監査の経験を積みたい」と率直に伝えれば、所属部門の人員状況にもよるが、将来のアサインや異動で考慮してもらえる可能性がある。
②海外職員と働く案件に積極的に関与する
海外出向につながるチームに所属できたら、次に目指したいのが、海外出身の職員と一緒に働くことである。
グローバル企業を担当する監査チームには、海外のネットワークファームから日本へ出向している職員や、日本法人が現地採用した外国籍職員が所属していることがある。
こうしたメンバーとは、英語でコミュニケーションを取る機会が多い。
海外職員と働くことには、単なる英語学習以上の意味がある。
実際の監査業務を英語で進めることで、海外出向後に仕事ができることを上司やパートナーに示せるからである。英語力だけでなく、異なる文化を持つ相手と円滑に協力できるかどうかも評価される。
海外職員が参加する案件や担当班がある場合は、積極的にアサインを希望してみよう。
最初から流暢に話せる必要はない。分からないことを確認し、相手の意見を理解しようとしながら、監査を前に進める姿勢の方が重要である。
国内で海外職員と働いた実績は、海外出向者を選ぶ側にとって分かりやすい判断材料になる。
③パートナーに海外志向と仕事ぶりを認知してもらう
海外出向者の選定では、最終的にパートナーやマネージャーの推薦が重要になることが多い。
そのため、海外出向を希望していることを伝えるだけでなく、日常業務を通じて「安心して海外に送り出せる人材」と評価してもらう必要がある。
評価されるのは、英語力だけではない。
- 監査人として一定水準の仕事を任せられる
- クライアントやチームとの調整ができる
- 自分の考えを分かりやすく説明できる
- 慣れない環境でも主体的に動ける
- 海外メンバーと良好な関係を築ける
海外出向者は、ある意味では日本法人の代表として送り出される。そのため、実務能力やコミュニケーション力を含めた総合的な信頼が必要となる。
まずは担当業務を着実にこなし、マネージャーや主査から評価されること。そのうえで、海外職員との仕事や英語を使う案件にも積極的に手を挙げることが大切である。
④海外職員との食事会や交流の機会を生かす
仕事ぶりや海外志向がパートナーに認知されると、海外職員や海外ファームの関係者との食事会に呼ばれることがある。
一見すると単なる懇親会だが、実質的には海外で働く適性を確認する場になっている場合もある。
例えば、次のような点が自然に見られている。
- 英語で無理なく会話を続けられるか
- 相手に関心を持って質問できるか
- 異なる文化や立場の人と関係を築けるか
- 海外出向への意思が本当にあるか
- 現地でも主体的に仕事を進められそうか
正式な面接ではないとしても、その場での印象が推薦や受け入れ先との調整に影響する可能性はある。
もっとも、過度に自分を売り込む必要はない。相手の国や仕事に関心を持ち、分からない部分も含めて誠実に会話することが大切である。
海外職員との関係を日頃から築いていれば、食事会でも自然に会話しやすくなる。だからこそ、海外出向の公募が始まる前から、業務を通じて接点を持っておくことが重要なのである。
コラム:海外出向では給与体系も確認しておこう
海外出向を検討する際は、仕事内容や出向先だけでなく、給与や手当の仕組みも確認しておきたい。
海外で勤務する形態には、大きく分けると次のようなパターンがある。
- 海外のネットワークファームと雇用契約を結び、現地の給与体系で働く
- 日本法人との雇用関係を維持したまま、海外で勤務する
実際の制度は法人やプログラムによって異なり、住宅手当、赴任手当、税金の補助、引っ越し費用、家族帯同費用などが支給される場合もある。
特にニューヨーク、ロンドン、香港、シンガポールなどは、日本と比べて住居費や生活費が高い。日本法人の給与水準をベースに派遣される場合、手当の内容によっては、現地で想像以上に余裕のない生活になる可能性もある。
海外出向の話が具体化したら、少なくとも次の点は確認しておこう。
- 基本給は日本と現地のどちらの基準で決まるか
- 住宅手当や赴任手当はいくら支給されるか
- 現地の税金を誰が負担するか
- 医療保険はどのように扱われるか
- 引っ越し費用や一時帰国費用は支給されるか
- 配偶者や子どもの帯同費用は対象になるか
- 帰任後の職階や評価はどうなるか
海外出向は、必ずしも短期的な収入アップにつながる制度ではない。
金銭面だけを見れば、日本で働き続けた方が有利なケースもあるだろう。それでも、海外で監査実務を経験し、異文化の中で働いた実績は、その後のキャリアにおける大きな資産になり得る。
待遇を事前に確認したうえで、収入と経験のどちらを重視するのか、自分なりに整理しておくことが大切である。
まとめ:若手でも戦略的に動けば海外出向を狙える
海外出向のポジションには限りがあり、希望者も多い。
それでも、海外との接点があるチームに所属し、国内でグローバル案件の経験を積み、上司やパートナーから信頼を得られれば、若手のうちに海外出向できる可能性は十分にある。
実際、私の同期にも、修了考査に合格してシニアスタッフへ昇格した4年目の早い段階で、シンガポールへの出向を実現した人がいた。
これは、突然与えられた幸運ではない。
海外案件を担当できる環境に身を置き、英語を使う業務に取り組み、少しずつ実績と信頼を積み上げた結果である。
海外出向を本気で目指すのであれば、まずは海外出向の実績があるチームを探すこと。そして、そのチームの中で「次に海外へ送り出したい」と思ってもらえる人材になることが、最も現実的なルートだろう。


