私は、新卒で大手監査法人に入社し、約3年半で退職した。
監査が嫌で、逃げるように辞めたわけではない。
むしろ3年目になってから、監査の全体像がようやく見え始めた。自分の担当調書を終わらせるだけでなく、チーム全体の進捗を管理し、クライアントと調整し、監査計画や重要な論点について上司と議論する。事業部内のパートナーやマネージャーからも徐々に仕事を任せてもらえるようになり、今後も監査法人で活躍していける手応えを感じつつあった。
それでも、私は3年半で監査法人を辞めた。
監査法人で評価され、年次が上がるほど、自分のキャリアが監査や会計の延長線上に固定されていく感覚があったからだ。
この記事のタイトルは「監査法人は3年で辞めろ」だが、全員が本当に3年で辞めるべきだと言いたいわけではない。
私が伝えたいのは、もう少し正確に言えばこうだ。
3年目を終えたら、監査法人に残る理由を一度ゼロから説明し直した方がいい。
※「マネージャー、パートナーとは?」と疑問に思った方は、こちらの記事も参照してほしい。

1年目は、監査の意味すらよく分からない
監査法人に入ったばかりの頃は、監査という仕事の全体像がほとんど見えない。
確認状の発送、証憑突合、議事録の閲覧、調書の作成。前年の監査調書を横に置きながら、見よう見まねで同じような調書を作る。
「なぜこの証憑を確認すれば、監査目的を満たせるのか」
「この手続で、どのアサーションを検証しているのか」
公認会計士の論文式試験で必死に勉強した知識が、目の前の作業と綺麗にリンクしてくれない。
クライアントに質問メールを一本送るだけでも神経を使う。前年も同じ質問をしていないか。資料を見れば分かることを聞いていないか。会計処理を理解しないまま、的外れな質問をしていないか。
そうして作った調書には、上司からレビューコメントが返ってくる。
「この証拠で十分と言える理由は?」
「会社の説明を転記しただけでは?」
「結局、何を検討して、どう結論づけたの?」
最初のうちは、コメントに対応するだけで精いっぱいだ。しかし、この繰り返しによって、少しずつ監査人としての考え方が身についていく。
2〜3年目になって、ようやく監査を「自分の仕事」として回せる
2年目以降になると、前年調書をなぞる以上のことが求められる。
担当科目について自分で年間スケジュールを考え、必要な資料を依頼し、クライアントへの質問を組み立てる。会計基準や監査基準を調べ、上司に自分なりの結論を説明する機会も増えてくる。
3年目には、担当領域を一人で回したり、後輩の作業を確認したり、小規模な現場を取りまとめたりする人も出てくる。
私も3年目に主査となり、チームの顔としてクライアントと相対する責任の重さや、チームを動かして監査を完遂する難しさとやりがいを実感した。
主査になると、自分の調書が終わっても仕事は終わらない。
予定より遅れているメンバーの調書、返ってこない依頼資料、積み上がるレビューコメント、クライアントとの日程調整、検討が終わっていない会計論点。それらを同時に見ながら、監査報告書を出す日までに、必要な検討をすべて終わらせなければならない。
自分一人が頑張れば解決する仕事ではなくなる。
誰に何を任せるか。どの論点を上位者に相談するか。クライアントにいつ、どのように伝えるか。限られた時間をどこに使うか。
この段階まで来て、ようやく「監査法人で働いた」と言えるだけの基礎が身につき始める。
※「主査とは?」と疑問に思った方は、こちらの記事も参照してほしい。

4年目が、キャリアを考える最初の節目になる
公認会計士試験に合格して監査法人に入っても、すぐに公認会計士として登録できるわけではない。
実務経験を積み、実務補習を修了し、修了考査に合格する必要がある。一般的には3年目の冬に修了考査を受け、4年目頃に資格登録が見えてくる。
同じ頃、仕事の面でも一人前のスタッフに近づく。
監査の年間サイクルを経験し、担当科目をある程度自走できる。順当に評価され、アサインの運にも恵まれれば、主査や現場を回す役割を任されることもある。
資格と実務経験の両面で、最初の一区切りを迎えるのがこの時期だ。
だからこそ、4年目はキャリアを点検する最初の重要なタイミングになる。
この段階で、自分に問い直してほしい。
自分は、本当にこの先も監査を続けたいのか。
監査や会計の専門家になりたいのか。それとも、監査とは違う立場で企業や事業に関わりたいのか。
監査法人では、「辞め時」が永遠にやってこない
監査法人で働いていると、転職を考えるのに都合の悪い時期が一年中続く。
3月決算企業を前提にすれば、年明けには期末監査の空気が漂い始める。棚卸立会や残高確認の準備が進み、4〜5月は繁忙期のど真ん中に入る。
この時期に転職サイトを開き、職務経歴書を書き、面接対策をする気力はなかなか残らない。
監査が終われば、溜まった有給を使って旅行に行きたくなる。繁忙期の直後くらい、仕事のことを忘れたいと思うのは当然だ。
しかし、休んでいるうちに次の年度が始まる。
6〜7月には監査計画や内部統制の整備状況評価に向けた準備がある。夏休みが終わる頃には、ウォークスルーや半期レビューが始まる。年末が近づけば、内部統制の運用状況評価、監査計画の修正、棚卸立会や残高確認の準備が待っている。
そうして、また期末監査に戻ってくる。
監査法人は、基本的にスケジュールが予め定まっているので、ぼーっとしているうちに、驚くほど早く年次が上がっていく。
気づけばシニアになり、主査を任され、後輩が増えている。さらに数年が経てば、マネージャーへの昇進が見えてくる。
監査法人は、必ずしも居心地の悪い職場ではない。
同期が多く、給料も比較的高い。大手監査法人であれば社会的な信用もあり、繁忙期を外せばまとまった休暇も取りやすい。
だからこそ、強い不満がなくても残り続けてしまう。
だが、明確な不満がないことと、自分に最も合ったキャリアであることは別の話だ。
年次が上がるほど、「監査から離れる転職」は難しくなる
公認会計士は、転職に強い資格だと言われる。
実際、監査経験を活かせる転職先は多い。
事業会社の経理・財務、内部監査、FAS、会計コンサルティング、IPO準備企業の管理部門、CFO候補、別の監査法人や会計事務所。監査法人で年次を重ねるほど、こうした領域では専門性やマネジメント経験が評価されやすくなる。
監査経験と接続する仕事では、年次を重ねることで選択肢や待遇が良くなる可能性がある。
一方で、難しくなる転職もある。
マーケティング、事業開発、プロダクト開発、経営支援、戦略コンサルティングなど、監査から距離のある分野への転職だ。
監査法人の4〜5年目くらいまでは、転職先でも若手のプレイヤーとして採用してもらいやすい。未経験の仕事であっても、基礎能力やポテンシャルを含めて評価してもらえる余地がある。
しかし、年齢や年収が上がれば、転職先から求められる役割も変わる。
監査法人ではマネージャーであっても、転職先の仕事については未経験ということが起こる。監査法人内の役職や評価を、そのまま別の業界へ持っていけるとは限らない。
場合によっては、年収を下げ、若手と同じポジションからやり直す必要がある。
それを受け入れられるなら、何歳でもキャリアチェンジはできる。
ただし、年齢が上がり、結婚、住宅購入、子育てなどのライフイベントが重なれば、年収や役職を手放す決断は現実的に難しくなる。
だから、いつか監査とは違う仕事をしてみたいと思っているなら、早い段階で一度は外を見た方がいい。
私は、監査の面白さが見えてから辞めた
私が退職を決めたのは、監査がまったく分からない段階ではなかった。
新しい会計論点について自ら一次検討し、パートナーと議論を重ね、最終的にクライアントとの論点整理まで主導できたときは、素直にうれしかった。
別の現場では、過年度の監査対応を一から見直し、当期の監査計画を再構築した。その後の品質検査まで無事に乗り越え、パートナーから感謝されたときには、自分もようやく一人前に近づけた気がした。
監査は、正直楽しかった。
企業の業務プロセスを理解し、内部統制を評価し、会計上の論点を検討し、最終的に財務諸表の信頼性を支える。
監査には監査なりの奥深さがある。
一方で、その面白さが見えたからこそ、自分がこの道をさらに深く進みたいのか、についても考えられるようになった。
私は、会計・監査の専門性を突き詰めること以上に、企業や事業に長く入り込み、意思決定や変化そのものに関わる仕事への関心が強かった。
監査人は、独立した第三者として企業を見る。
その立場には大きな社会的意義がある。しかし私は、外から適正性を確かめるだけでなく、より当事者に近い立場で課題を解決してみたいと思った。
だから、監査の延長線上にある次の役職を目指す前に、外へ出ることを選んだ。
3年半で、監査法人のすべてを経験したとは思っていない。マネージャーにならなければ見えない景色もあれば、さらに年次を重ねなければ身につかない専門性もある。
それでも、資格登録の目処、監査の基礎、複数業種の経験、主査経験という、監査法人で得たかったものには一つの区切りをつけられた。
私にとって3年半は、監査を極めたタイミングではない。
監査法人でしか得にくい経験を持って、まだ別の分野に入り直せるタイミングだった。
監査法人に残るなら、残る理由を言葉にしてほしい
もちろん、監査法人に残ることも立派なキャリアだ。
会計や監査を突き詰めたい人、複雑な会計論点を考えることが好きな人、大規模なチームを動かしたい人、さまざまな企業の内部を見たい人には、監査法人が合っている。
パートナーを目指す道もあれば、品質管理、アドバイザリー、海外駐在などの選択肢もある。
ただし、残るのであれば、自分がなぜ残るのかを一度は言葉にしてほしい。
周囲の同期も残っているから。
転職活動が面倒だから。
今の年収を下げたくないから。
特にやりたい仕事が見つからないから。
これらは残留の事情にはなるが、長期的なキャリアを選ぶ理由としては弱い。
監査法人に残るなら、「外を知らないから」ではなく、「外を見たうえで、監査を選んだから」と言える状態にした方がいい。
転職サイトを見る、エージェントと話す、辞めた先輩に話を聞く。それだけでもいい。外を知ったうえで残るのと、外を知らないまま残るのとでは、同じ残留でも意味がまったく違う。
まとめ―4年目を「キャリアの強制点検日」にしよう
監査法人を、本当に3年で辞める必要はない。
しかし、3年間働き、修了考査と公認会計士登録が見えてくる4年目に入ったら、一度は本気で辞める可能性を検討した方がいい。
資格登録が見え、監査の基礎が身につき、主査や現場責任者に近い経験も積み始める。一方で、監査とは異なる分野にも、まだ若手として入り直しやすい。
このタイミングで、次の問いを自分にぶつけてみてほしい。
- 監査の仕事を、この先も続けたいか
- 会計や監査の専門家になりたいか
- 監査とは違う立場で、企業や事業に関わってみたいか
- 5年後、10年後にどのような働き方をしていたいか
- 今の環境に残っているのは、自分の意思か、それとも惰性か
監査法人で働いていると、繁忙期と休暇を繰り返すうちに、時間は驚くほど早く過ぎていく。
だからこそ、自分の意思だけに任せず、4年目を「キャリアの強制点検日」と決めておく。
そして、その時点で監査法人に残る理由を、一度ゼロから説明し直す。
明確に「監査を続けたい」と言えるなら、自信を持って残ればいい。
答えが曖昧なら、「とりあえず、もう一年」と決める前に、一度だけ外を見た方がいい。
公認会計士試験への合格は、キャリアの完成ではない。
それは、自分の人生に新しい選択肢を加えるためのスタート地点なのだ。
